【EDSA International Entertainment Complex】 マニラ・パサイ・EDSA
日本人には通称「エドコン」「エドサコンプレックス」と呼ばれている、ゴーゴーバー型の複合施設である。
スペイン読み的には「EDSA」=エッサであるが、近くのフィリピン人に尋ねても遥か昔のスペイン統治時代の
発音するものは少ない。どちらが正しいということ無く、人が汎用し解る呼び方や発音が大事なのである。
私のはじめてのフィリピン宿泊は、EDSA通りを挟んだヘリテージホテルであった。
案内されるままこの施設に来たのであるが、片側4車線の計8車線を超えて歩いて行くのは危ないと、
言われるままに僅か200mくらいの距離を往復タクシーを使った記憶がある。
今から想えば「なにが危ないのか?」であるが、ホテル代も一泊30000円であったわけだから、
なんとも不慣れなフィリピンの旅であったことが懐かしい。
このホテルよりはマニラホテルの方が、私は好きだ。
久しぶりに中を覗いてみたが客は疎らで、ビキニにロングブーツ姿の娘の数だけが際立っていた。
気に入った娘が居れば自分のテーブルやカウンターに呼び、酒を酌み交わし、息統合すれば早退の罰金を払って外に連れ出す。
娘たちには別途チップを払ってことをいたすわけだが「疑似恋愛」を隠れ蓑にした「売春」と呼ぶものも居る。
本質的にはそのとうりな訳であるが、娘たちの中には本気で恋人を捜しているものもいる。
そもそも男と女の出会いや、好き嫌いの判断は、以外と簡単にも一瞬で決まっているのではないだろうか?
セックスから始まってそのままゴールインで、オーストラリアやアメリカに嫁ぐ娘も居たりする。
とかく男と女とは、知り過ぎたときには別れは近いとも言われる。
一目見て恋に墜ちてSEXから始まる恋が有っても、良いのではないだろうかと想う。
何度とフィリピンを訪れるたび、大概のことは驚かなくなった。
世界は広い。知らないことは一つの事実としてまずは一度受け入れてから、考えることが出来るようになった。







【子供たちの井戸端】 マニラ・マカティ
幼い子供が洗濯をしていました。
そのチョコンとお尻を下げて、洗濯姿があまりにも可愛いので、シャッターを切っていました。
洗濯は、貧しいものほど、フィリピン生活での多くを占めます。
スカスカの壁やガラスの無い窓。外気と室内気温に変わることはありません。
エアコンは役割を果たしませんから、扇風機と水浴びが体温冷却法です。
子供たちは、お母さんに汗疹(あせも)を抑える天花粉を振って、シャツと肌の間にタオルをはさんでもらって、外に飛び出します。
まずは汗かいてタオルを引き抜き、衣服も汗ばみ着替えます。
汚れや汗など、病気を予防するためには必須の着替えです。
ですから、どこの家庭も洗濯と物干で始終衣服が吊り下げられて、たなびいています。
そんな生活から、幼い子供たちも生活の一部なんです。
この撮影の集落は、住居にトイレも炊事場も、シャワールームも、すべて外。
日本の昔の井戸端を中心とした、地域のコミュニケーションの場と同じものが、ここにあります。






【天を屋根とし】 マニラ・マラテ・アドリアティコ
天を屋根とし大地を住まいとする。
望んでそうしているわけではない。
田舎の農地をダムや工場に地主が売渡され、小作農民は行き先を失い都会をめざす。
一方手話で会話する一団も見かけた。どこの国でも弱きものは路上に追いやられる。
屋根のある住まいに暮らそうとしたら、ガラスの無い窓の畳3畳ほどでも月に1000ペソはする。そのカネがないのだ。
目をつぶって歩かなければ、フィリピン・マニラではこういう光景をいくらでも目にすることになる。




